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ありがとう

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自分が八歳の時

ウチにきたアフガンハウンドのかんたが今朝亡くなりました。

多摩スイの研修で遅くなり、昨日最寄り駅に着いたら1時過ぎで、

ウチはもう疲れて、寝ることだけ考えて庭からウチに入った。

いつもは寝てるのにかんたは小屋の中からウチを見ていて

目があったんだけど

3時間後にはまた起きなくちゃいけないし

親は帰りが遅いって怒ってたみたいだし

風邪ひいてるし

課題もあるし、みたいなかんじで超いらいらしてて、

かんたと目があったけど、ウチは挨拶もさわってあげることもせず、

すぐ家の中に入っちゃったんだよね。

その後すぐ寝て、4時に目覚ましが鳴ったけど起きられなくて、

4時半くらいに起きればいいやと思っていたら、ちょうど4時半にお母さんが呼ぶ声で目が覚めて

お母さんは庭でかんたが変な声を出してるので目が覚めたらしくて

雨戸を開けたら いつもかんたがトイレするところで

昨日食べたものを全部はいて倒れてた。

小屋の前にも消化されてない状態で 吐いてあって

きれい好きな犬だったから、小屋の近くを汚すのがイヤだったんだと思う

トイレする場所まで歩いて、吐いて、それから倒れたんだと思う。

おばさんがかんたを抱いて、お姉ちゃんはすぐそばで見てて、

ウチもすぐ駆けつけたけど

まだ温かかったし、死んでるってわからなかった。

おばさんが抱いてたし、また倒れたから病院行かなくちゃーっていうくらい

そのあと、お母さんがまわりをキレイにして、毛布をひいた段ボールを用意したときに

え、死んだの?ってはじめて気付いた。

段ボールにはいってるのをみて、寝てるみたいだった

病気の犬は死んだ後、体のいろいろな部分から何か出たりするから

まわりを汚したり 血だらけになって、大変だって聞く

かんたも苦しかったんだろうけど

ちゃんとトイレまで行って吐いて

ウチらの負担を最小限に減らしてくれた。

懐かないしわがままだったけど、

もしもう少し遅かったらウチは朝練に行ってしまってたし

もっと遅ければ昼間はおばあちゃん一人で、おばあちゃんも歩けないから

かんたは家族が全員いる時間帯に、ちゃんとみんながいるときに死んだのがすごい。

親孝行というか。

そのあと家から10分くらいの火葬場に行って

仮葬したり骨を納めたりしたけど

未だに、まだひょっこり出てくるんじゃないかと思ってしまう

ウチがはじめてポケモンを買って貰った年の12月に来て、

それから小学校、ウチの入院、中学受験、三輪田の生活、

部活、大学受験、大学に入ってから朝練のとき誰も起きてなくてもかんたは

ウチが家を出るときに、何となくウチの方を見てくれてた

寝るのが好きだったからいつも寝てて、起きては来なかったけど

そんなかんたをさわってあげたり

いってきますっていうふうに、家は何回言ったかな

数えられるほどしか 行ってきますといえなかったきがした

ウチは自分の生活が忙しくなって何かを忘れてた

もう戻ってこないときにそれに気がついた

去年の冬からずっと具合が悪くて、先週くらいに急に元気になった

もう大丈夫だねって思い始めて、昨日また具合悪かったらしい

ウチは昨日帰りが遅くて、そんなことも知らなくて、

でも家族の中で最後に元気なかんたと目があったのは自分だった

ウチの人生はまだまだ続くけど、

12年間ずっとそばにいたものが、急にいなくなることに自分はどこまでついて行けるのか。

おばさんやお姉ちゃんは泣いてたけど

ウチは身近な人の死、ペットもかんたの前にいたラグの記憶はほとんど無いから

自分の家族の死を今日はじめて体験したようなもんだ

でも、案外冷静で、思い出そうと思うと泣けてくるケド

段ボールの中のかんたをみながら

朝練さぼってもいいかなー・・・とか

本返さなきゃなー・・とか

今日はバイト行かなくていいんだなーとか

インフルエンザ何人になったのかなぁとか

結構冷静なじぶんがいる。

そしてお腹もすくし、さみしいけど悲しいって気持ちが事実に追いついてなくて

やっぱり学校のことや部活のことも、なんとなく考えてる。

かんたのことがずっと頭にあるけど、何も出来なくなるほど哀しくない自分がいて

そんな自分がかんたに悪いなぁと思いつつも

家族がいなくなったり大切な人を失っても

人生や自分の生活の時間が止まる訳ではないんだと思った。

でも今日はもう何もしたくなくて、ひとまず骨を納めて、でも何も供える時間なかったから

明日か明後日またお墓に行くことになった。

庭を掃除して、かんたが使ってたものや好きだったものを持って行きます。

お墓には愛されたペットたちの写真や骨、お供えがたくさんあって

きっと犬飼ってない人には理解できないと思うけど

映画とかテレビで良くあるように自分の一部分が無くなったような気分ってこういうことなんだろうと思った。

ウチは、すぐにでも泣けそうなのに、いつもと変わらず生活できるような気分でもあってかなり複雑。


昨日の夜、ただいまっていって触ってあげられなかったことがくやしくて泣きそうだけど、

元気なとき、最後にあったのがウチって言うのはなんか自慢できる

かんたが自分にとって大事だったということが

きょうよくわかりました。

そのうち死んだってこと実感してくるんだろうな。

12年間、お疲れでした。かんた ありがとう。


メールくれた人もみんなありがとう

何かを学んだ一日でした。

posted by k72sp6 | reply (1) | trackback (0)

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Re: ありがとう

ウチのペットも

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そろそろ死にそうなんだよな。死んだら悲しむよりもありがとうって言いたいな。

posted by zichqe | reply (0)

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